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「学習意欲の高め方」

学習意欲に関して大学の講義で学んだことや考えたことをメモしておきます。

1.学習意欲は高めるものか

 「学習意欲」と聞くと、「いかにそれを高めるか」という方向性で捉える人が多いのではないでしょうか。ためしに「学習意欲」で検索してみると、「学習意欲の高め方」「学習意欲を高めるための〇〇」と題された記事が大量にヒットします。しかし、その中に「低下を防ぐ」という視点を持つ記事はほとんど見つかりません。

 学習意欲を高めること、低下を防ぐことは、実際問題どちらも必要です。但し、学習意欲が低下してからようやくその向上を図るのではなく、もともと生徒が(人間が)持っている学習意欲を維持しようとするほうが合理的ではないでしょうか。

 

 小学校低学年の子を見ていると、人間は生まれつき好奇心のかたまりである、と思えてきます。学校に見学に行くと、小学校低学年の児童は楽しそうに勉強し、手を挙げています。

 しかし、小学校高学年、中学校へと進むにつれ、楽しかったはずの勉強が、できるだけやりたくないと感じてしまう子どもが増えていきます。好奇心の低下は一体何が原因なのでしょうか。

 

 (最も分かりやすいものは、積み残しの累積でしょう。小学校以来未習得の学習内容が年々増え、その範囲は広く、かつ個人ごとに異なります。教師だけではとても対処できない。このことを自覚しなければならないなと思います。)

 

2.内発的動機付け低下の原因

好奇心と言いましたが、ここからは内発的動機づけと捉えたいと思います。

①ハーローのアカゲザルの実験、デシの大学生の実験-アンダーマイニング効果-

『望ましい行動に報酬を与えると、モチベーションが向上し、その行動が繰り返される』

この原理に一石を投じたのが、ウィスコンシン大学心理学教授のハリー・ハーロウ氏です。

ハーロウ教授は、8匹のアカゲザルを用いた、2週間にわたる学習に関する実験を行いました。3つの手順によって解けるパズルを、サルたちは自発的に取り組み始め、そして習熟していきました。当時、科学者は二つの動機付けが行動に影響を与えると考えていました。一つは生理的動因であり、もう一つはアメとムチによるものです。しかし、この実験結果はそのどちらにもあてはまりませんでした。
解いたごほうびとしてエサを与えた場合、サルたちは前よりも間違いを犯し、成功率も低くなったのです。つまり、一般的に信じられてきた原理とは逆に、報酬が望ましい行動を強化するどころか妨げになったのです。

実験結果からハーロウが提示した仮説は「課題に取り組むこと自体が、内発的報酬にあたる」という「第3」の動機づけです。新たに見いだされたこの動機付けを、ハーロウはのちに「内発的動機づけ」と称したそうです。

 

「内発的動機づけ」と「外発的動機づけ」を更に解明したのが、カーネギーメロン大学院心理学専攻だったエドワード・デシ氏です。デシ氏は、被験者の大学生を2つのグループ(A、B)に分け、パズルを組み立てる1時間の実験を3日連続で実施しました。3日間の実験内容は下記の表のようになります。

  1日目 2日目 3日目
Aグループ 報酬なし 成功につき
金銭による報酬あり
報酬なし
Bグループ 報酬なし 報酬なし 報酬なし


1時間の実験時間の途中で8分間の休憩時間を設け、その中で継続してパズルに取り組む時間を観察したのです。つまり、その休憩してもよい8分間にどれだけパズルに継続して取り組んだかによって、心からパズルを楽しんでいるかを測ろうとしたのです。結果は次の表のようになりました。

  1日目 2日目
(Aグループは報酬あり)

3日目

(どちらも報酬なし)

Aグループ 3分半~4分間 5分間以上 およそ3分間
Bグループ 3分半~4分間 3分半~4分間 4分間より少し長く


お気づきの通り、3日間とも報酬のなかった被験者(Bグループ)は、パズルを解くこと自体を楽しいと感じていたにも関わらず、2日目に報酬を与えられた被験者(Aグループ)は、報酬がなくなった途端に、パズルへの興味をなくしてしまったのです。

つまり、「金銭的報酬は、人の内発的動機づけを低下させる」ということが、さまざまな実験によって確認されたのです。

 

2人の実験から導かれたのは「外的報酬により内発的動機付けが低下する」という事実です。

これをアンダーマイニング効果と言います。

②Greene&Lepperの実験

上記の実験では、報酬によって内発的動機付けが低下すると述べました。 しかし、Greene&Lepperの実験では内発的動機付けは報酬の与え方によっても変化することが証明されました。

実験内容:自由時間に幼児が自発的に絵を描く時間量を内発的動機付けの指標とする。

1.3日間連続で観察し、絵を描くことが既に内発的に動機づけられている幼児を55人選ぶ。

2.2週間後、3つの条件に分ける。   

・報酬予期条件:絵を1枚描くごとにチップを1枚渡し、それを集めると景品と交換できる。   

・報酬なし条件:普段通り絵を描かせるが、報酬はない。   

・予期しない報酬条件:普段通り絵を描かせたが、実験終了後、報酬予期条件と同じ商品をもらった。

 

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左から、報酬予期条件、報酬なし条件、予期しない報酬条件

縦軸が絵を描いた時間

緑:実験前、オレンジ:実験後

 

結果、事前に報酬を予告された場合は絵を描く時間が短くなり、予期しない報酬をもらった場合は変化しないことがわかりました。

 

セリグマンの犬の実験

【実験】

1)電気ショックを与えるパネルの上に、犬を置きます。
 一方(図の左側)は電気ショックを与え続けますが、その電気を止めるスイッチが無いので、そのショックを受け続けるしかない状態になります。
 もう一方(図の右側)にも電気ショックを与え続けますが、こちらのパネルには、電気を止めるスイッチがあるので、電気ショックを止めることを学習させることが可能です(図の右側)。
2)次に、片側は電気ショックゾーン、もう片側は安全ゾーンの2枚のパネルを置いて、その間を仕切ります。
 ただし、この仕切りは、犬が簡単に飛び越えて移動できるようにしてあります。
3)電気ショックを止める方法を学習していた犬は、当然のように安全ゾーンに移動しましたが(図の右側)、
 電気ショックを止めることができずにいた犬は、安全ゾーンには移動しようとせず、電気ショックを受け続けてしまったのです(図の左側)。

これを学習性無力感と呼びます。

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3.具体的にどうすればよいか

・「努力」に帰属させる

上記の実験から、内発的動機付けの発生の原因として、つぎの2点が挙げられます。

統制の所在

 自分たちが、結果や環境をコントロールできる存在であると感じられること。

・内的な統制

 自らの行動が原因となって結果が生じていると認知していること。

 

これを踏まえて、内発的動機付けを低下させないためにはどうすればよいかを考えます。

①失敗の原因を何に帰属させるか

 

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上の表はワイナーの原因帰属理論を表します。

無気力状態の子どもの半数は、成功の原因を運や課題の困難度に、失敗の原因を自分の能力に帰属させるため、あきらめや無力感を持ちやすく、努力することを放棄してしまいやすい。

よって、成功体験によって有能感(コンピテンス)や自信を持たせることが重要でしょう。但し、ここで注意すべきことがあります。

Dweckの実験

内容:学習に対して無気力な子どもを2つのグループに分け、25日間の訓練を行う。

・成功経験群:易しい問題を多く与えて自信をつけさせる。

・努力帰属群:易しい問題と難しい問題を与え、難しい問題が出来なかったときに、努力が足りなかったことを繰り返し話した。

 

結果

成功経験群:再度失敗すると自分の能力に帰属し、またやる気をなくしてしまう。

努力帰属群:根気よく学習を続け、より良い成績を修めた。

 

先に述べた「統制の所在」「内的な統制」を考慮すると、内発的動機付けの維持には、単に成功体験を積ませるだけではだめなのです。成功・失敗の原因を、統制の位置が自分の中にある「能力」「努力」、その中でも変化の程度が大きい「努力」に帰属させることが必要です。

・指導→子どもの変化? 子どもの変化→指導?

「指導によって子どもを伸ばす」

  教師の仕事一般的にはこのように理解されており、教師自身もここにある種の誇りやアイデンティティを持っているのではないでしょうか。しかし、私は学習意欲の観点から言えば、この「指導ありきの子どもの変化」という考え方への偏りには注意しなければと思います。

なぜなら、

指導→子どもの変化

のスタンスでは、統制の所在が教師の中に保持されがちになるからです。

Dweckの実験では失敗の後に指導をすることによって学習意欲の保持に成功しています。重要なのはタイミングです。子どもの変化に応じて指導を加えることで、統制の所在を子どもの中に維持させることが出来ます。なにより、人は常に自分の変化情報を求めており、それを提供してくれる人は大切な人となり得るのです。

結局どうすれば?

 具体的な関わり方の一例として、誉めることを取り上げます。ここまで読んでいただければ、流行りの「誉めて伸ばす」指導にも注意が必要であることにお気づきでしょう。例えば、習熟度の低い児童・生徒がテストで高得点をとった時を考えてみます。ここで、「すごいね!」「偉いね!」のような言葉をかけるだけに終始するのは危険です。おそらくその子は、すごい自分、偉い自分であり続けるために勉強するようになるでしょう。それで勉強ができるようになるならいいじゃないか、とも思えます。しかし、問題なのは勉強が保守的な姿勢を身に着けるプロセスになってしまうということです。

ではどうすればよいか。これまでのことを踏まえると次のようになるでしょう。

①その子の過去に言及し、変化情報を与える。(〇〇さんは覚えてるかわからないけど、あの時はまだ~だったんだよ、でも今は△△とかができるようになってるね、など。)

②原因を努力や具体的に生徒が行ったことに帰属させる(ワイナー)

 ……学習内容の習熟度の低い子どもは自尊感情が低く、良い点をとっても「たまたま問題が簡単だった」と自分の外に原因を求めやすい。

これによって、子どもの学習意欲を引き出し、維持できるのではないでしょうか。